後醍醐天皇が再起を図った由緒あるお寺 隠岐国分寺【隠岐諸島 島後島】
中心地から少し離れている隠岐国分寺
島後島の中心地から少し離れた場所にある隠岐国分寺。近くには隠岐モーモードームもあります。
参道の入口のそばにはお坊さんの像がありました。
また島根県はゲゲゲの鬼太郎などで有名な漫画家、水木しげるの出身地。隠岐諸島への船も出ている境港には水木しげるロードがあり、その延長で島後島にも妖怪ブロンズ像が設置されています。ここ隠岐国分寺の前には五体面と粗面岩の像がありました。
参道の先にある山門。
山門の脇には拝観受付があります。訪問時はたまたまですがなぜか無料拝観で窓口は閉まっていました。
境内に入ってすぐにあった鐘楼です。
境内の参道。きれいに舗装されています。
龍の装飾がある手水舎。
こちらは庫裡の玄関です。庫裡は禅寺の台所のこと。隠岐国分寺はどうか分かりませんが、寺務所や住居を兼ねている場合もあります。
この建物は蓮華会之館。隠岐国分寺に伝わる隠岐国分寺蓮華会舞に関する資料などが展示されてるようです。
こちらは隠岐国分寺のほぼ中央にある本堂。新しそうですね。
本堂の奥にあった顕彰之碑。
こちらは後醍醐天皇行在所阯。後醍醐天皇は1331年(元徳3年)に鎌倉幕府の打倒を計画しますが一度は失敗し隠岐に配流されました。後に後醍醐天皇は隠岐を脱出して鎌倉幕府を滅ぼし建武の新政を始められます。隠岐国分寺は配流された際の行在所で再起を図った場所ということです。
ここは古代の隠岐国分寺跡。聖武天皇によって741年に国ごとに建立された国分寺ですが、隠岐国分寺は当時の建物は残っていません。
隠岐の島町教育委員会が2009年(平成21年)〜2013年(平成25年)に発掘調査を実施し、古代の金堂や鐘楼、塀の跡が発見されました。
天皇の皇弟であられる秋篠宮文仁親王のご長男、秋篠宮悠仁親王お印之木である高野槙です。
古代の隠岐国分寺跡にあるエリアのさらに奥にある地蔵堂。
その近くにあるお社。
そしてその階段の先には王城鎮守社があります。
こちらが王城鎮守社。
後醍醐天皇の御尊像を祀るお社です。
御神像は後醍醐天皇が神馬に跨る御姿といわれています。
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- スポット名隠岐国分寺
- 住所島根県隠岐郡隠岐の島町池田風呂前5 隠岐国分寺
- 電話番号08512-2-2934
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