後鳥羽上皇ゆかりの三穂神社と壮大な伝説が残るくにびき神話佐伎の里【隠岐諸島 中ノ島】
崎集落にある三穂神社
中ノ島の南部、崎集落にある三穂神社。
階段を登ったところに1つ目の鳥居があります。
その脇にある手水舎。
先に進むと2つ目の鳥居がありました。
三穂神社の境内の様子。
こちらは社務所かと思ったらふるさと民芸資料館という建物のようです。
民芸資料館のそばにあった後鳥羽上皇の「命あれば かやが軒端の月もみつ 知らぬは人の 行くすえのそら」の句碑。
その先にある3つ目の鳥居です。
鳥居のそばにはお社が2つ。
そしてこちらが三穂神社の拝殿です。
後鳥羽上皇ゆかりの場所である三穂神社。境内には後鳥羽上皇御駐泊址の石碑もありました。後鳥羽上皇は1221年(承久3年)に鎌倉幕府の執権、北条義時に対して挙兵(承久の乱)。朝廷方は敗れ後鳥羽上皇は隠岐へ配流されました。三穂神社は後鳥羽上皇が隠岐での最初の夜を過ごされた所だそうです。
三穂神社のふもとに整備されたくにびき神話佐伎の里公園。出雲の国(現在の島根県)には、出雲が未完成だったころ八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)が4つの国から土地を引き寄せ縫い合わせて島根半島ができたという伝説が残っています。4つの国の中の一つがこの崎集落だそう。すごく壮大な話ですね。
崎集落で見つけたマンホール。
こちらは集落内にあった昔ながらな青い建物。歴史ある場所だからなのか雰囲気のある集落でした。
掲載内容は訪問当時のものです。現在とは異なる場合もありますのでご注意ください。
当サイトの文章、写真は無断転載禁止です。
- スポット名三穂神社 くにびき神話佐伎の里
- 住所島根県隠岐郡海士町崎1755 三穂神社
トップページへ